2025.10.10
IoTで加工データの収集が容易になり製品の品質が安定!
【中小企業がDXで描く“未来”】#2 大日工業株式会社〈製造業〉
電子回路基板へのめっきを手掛ける大日工業株式会社(以下、同社)は2025年、東京本社工場に加え、茨城県古河市にて工場を新設。新工場では加工ラインに各種センサーを組み込んで、めっき槽の温度や濃度などのデータを高精度に測定できるようにした。IoT(Internet of Things:モノのインターネット)活用により、同社には「データに基づいて工程改善する社風」が根付き始めているという。

めっき槽のリアルタイムな“見える化”により品質改善につなげたかった
同社は、電子回路基板に対する「無電解ニッケル-金めっき処理」を専門とする企業。この高品質な加工ができる企業は、日本で10社程度しかないとされる。スマートフォンや産業用ロボットなどの加速的普及に伴い、これらに用いられる高品質な電子回路基板の需要が拡大する中、同社に寄せられる期待はさらに高まっている。
だが、振り返ると、現社長である小倉冴子氏が実父・攻一氏から経営を引き継いだ2013年当時、同社は多くの課題を抱えていた。 「経営状況は決して悪くなかったのですが、社屋や設備の老朽化、慢性的な人手不足、利益率の低下などが悩みの種でした。また、葛飾区四つ木にある本社工場の災害対策が十分ではなかったのも懸念材料だったのです。この地域はいわゆる『ゼロメートル地帯』で水害や洪水時のリスクがあり、めっき液などの流出で近隣に被害を与える危険性がありました」 そうした背景もあって、小倉氏は以前から新工場の開設を模索していた。そして2024年には、茨城県古河市にある仁連(にれい)工業団地で新工場設立に適切な土地をようやく探し当てた。このとき小倉氏は、将来展望が大きく開けたような気持ちになったという。 「新工場の設立により、社屋・設備の老朽化や災害対策といった問題が一気に解決できます。また、国の補助金に応募し、採択されたことで、新工場開設に大きく舵を切る事が出来ました」
工場を新設するのであれば、この機を生かして新たな仕組みを導入したい。そう考えていた小倉氏に浮かんだのが、“加工ラインへのIoT導入”という考えだった。めっき槽にセンサーを組み込み、秒単位で各種データを計測・収集、解析することによって、生産性や品質を大きく向上させようとするものだ。
「それまで本社工場でも、めっき槽の各種データは収集していました。ただし人力でデータを集めていたので、1時間に1回のペースでしか解析できなかったのです。そのため、より高い品質を目指したり、金などめっきに使われる素材のムダを減らそうとしたりしても、詳細なデータを収集する事ができず改善手法にうまく結びつけられませんでした。それに、不具合が起きた際にめっき槽内の化学反応がどう進んでいるかなどの状況がよく分からず、品質不良となる原因を特定できないケースもあったのです。この状況を解消するため、『どの製品が/どんな手順で/どんな条件で処理されたか』について、各種収集データ間を紐付けて把握できる仕組みを作ろうと考えました」 大日工業は以前から、公社のさまざまな支援サービスを利用していたこともあり、IoT導入の構想について公社の担当者と話をするうちに、「生産性向上のためのデジタル技術活用推進事業」※の存在を教えられたのだという。 「IoT導入には高額な設備投資が必要で、当社にとってそれは、失敗が許されないプロジェクトです。ですから、経験豊富なアドバイザーからのデジタル化支援をいただけたのは心強かったですね。さらに助成金事業まで活用できるのですから、これらは是非活用したい支援事業だと思いました」 ※ 令和4年度時点の事業名で、現在(令和7年度)は「DX推進支援事業」で同様の支援を実施“社外の視点”を持つメンバーの参加でプロジェクトが加速!
IoT導入をスムーズに進めるため、小倉氏はプロジェクトチームを結成。当初は製造現場のメンバーを中心に編成したのだが、思うように進まなかった。製造現場のメンバーの中には新たな仕事のやり方に対して抵抗感を示す従業員もおり、議論が停滞したためだ。
「これまでの慣れたやり方を続ける事で仕事はうまく終えることができていました。ところがIoTが導入されると、得られたデータに対応して新たな工夫が求められます。もしかすると、現場スタッフはそうした新しいやり方を取り入れる事に不安感があったのかもしれません。そこで方針転換を図り、お客さまと直接コンタクトのある技術営業部門のメンバーを新たにチームに加えたのです」 技術営業部門のメンバーは、顧客からの要求レベルが年々高まっていることを肌で感じていた。だからこそ様々なデータを収集・分析し、改善につなげたり不良時の原因を突き止めたりできる仕組みが必要だと彼らは理解していたのだ。結果的に新メンバーはプロジェクトチーム内で積極的に提案を行い、議論は活性化した。また、プロジェクトチームをより良い方向に導くため、公社から派遣されたアドバイザーが果たした役割も大きかったと小倉氏は語る。 「今振り返ると、当時のプロジェクトチームは迷走していたかもしれません。ところがアドバイザーは、私たちの意見を否定したりはしませんでしたし、こうすべきと指導を押しつけるようなこともありませんでした。毎回の支援では、私たちの悩みを正確に聞き取り、議論を整理し、私やメンバーたちに『どうしてそう考えたのですか?』などと質問して従業員自らの考えを掘り下げてくれたのです。そうして議論の『壁打ち役』を果たしていただいたおかげで、プロジェクトチームはうまく回り始め、従業員は自らが主体的に考え、行動し、解決することができるようになったのだと感じています」 プロジェクトチームによる様々な議論の末、導入が決まったのは、複数のめっき槽にセンサーを組み込み、データ収集プラットフォームで管理する仕組みだ(下図参照)。
この仕組みの特徴は、めっき槽の温度や濃度などの各種計測データを一括して管理できることにある。個々の電子回路基板が何時何分何秒にどのめっき槽に入っていたか、その時の温度や濃度がどうなっていたかなどの刻々と変化する一連の情報を、相互に紐付けられた状態でデータを計測・収集し、状況を把握・分析管理することができる。

「データ収集プラットフォームにはパッケージソフトが数種類あるのですが、当社はその中から1つを選び、ベンダーにカスタマイズをお願いしました。そうしたやり方を選んだ最大の理由は、『拡張性』です。IoTを導入し使っていく中で、新たなデータを取得したいと思うシーンも想定し、自分たちで簡単に機能追加・修正できるシステムにすべきだと思ったのです。
実際に、新工場の稼働開始からしばらくした後で、めっき槽に新たな温度センサーを追加導入したことがあります。その目的は、大きさが一辺1メートル以上あるめっき槽の表層と深層で生じる温度差の状況を正確に知るためで、めっき槽の複数箇所にセンサーを組み込む必要があったのです」
データ活用を起点とした改善文化が社内に浸透!
新工場が完成してからまだ日も浅く、量産体制は2026年度から。そのため、IoT導入による売り上げ向上や経費削減など数字として現れる成果については今後に期待がかかる。ただ、小倉氏は本格稼働に向け大きな手応えを感じているようだ。取得したデータを分析し改善につなげることで、品質が向上するとともに均一化してきている。また、以前はベテラン従業員の勘に頼る部分が大きかったが、現在はデータを足がかりにして全社で改善に取り組む姿勢が生まれてきたという。

取引先からの期待感も高まっている。その表れの1つが、新工場を見学したいという取引先企業が増え、様々な提案を残してくれていることだ。
「当社の新たな取り組みを取引先にお伝えしたところ、茨城県の新工場にはたくさんの方が来訪されるようになりました。そして当社のIoT設備や収集・解析データを見て、さまざまな意見を言ってくださるのです。そうしたご意見も取り入れながら、日々、品質の安定・向上を目指した取り組みを全従業員一丸となり進めています」 IoT導入には人材の採用面でも大きな効果がでている。それは、“誰にとっても働きやすい環境が整ってきたこと”だと、小倉氏は語る。 「少子高齢化が進む中、どの業界も人手不足に悩んでいるかと思います。その課題を解決するには、”多様な人材の活用”が必要です。そこで、IoTの導入や自動化などによっていろいろな人が働きやすい環境を提供することが、企業にとっては重要になるのではないでしょうか。 今のところ、めっきの現場では男性作業員の姿が目立ちます。しかしこれからは、幅広い層の方にめっきの仕事をしてほしいと私は考えています。IoTの導入でデータ管理をやりやすくし、ロボット導入によって重いものを運ばなくても済むような労働環境を整備することで、多様な人材の能力を引き出すのが当社にとって大切な目標の1つです」
公社のアドバイザーによる支援を受けなければ、IoTの導入はうまくいかなかっただろうと小倉氏は考えている。なぜならデジタル化は、機械やシステムの導入だけでは完結しないからだ。
「IoTの仕組みを入れても、従業員が非協力的だと必ずしもうまくいきません。従業員に対し『データを活用すると品質向上につながるし、従業社員自らの仕事もやりやすくなる』と、ていねいに説明し共感を得ると共に、”マインドセットの確立”が大切なのです。アドバイザーには技術的な側面だけでなく、従業員の意識改革面でも手厚い支援を受けることができ、とても感謝しています。 アドバイザーや公社担当者の方々には、企業に寄り添う姿勢が強く感じられます。普段から、『こんなサービスがありますよ』『この支援事業は大日工業さんに合いそうですよ』と声をかけてくださるのです。支援のバリエーションも豊富ですから、ぜひ公社支援事業を活用していただくとといいと思います」~ハードとソフトの両面で変革を進め企業全体を成長させる~

今回のIoT導入で、当社のハード面はかなり整いました。そこで今後は、従業員の意識改革に力を入れることでデータ活用をさらに進めたいと考えています。
新工場を作ってから、『大日工業さんって変わったよね』と褒められる機会が増えました。これからも常に変革を目指し、いい会社に育っていきたいですね」
~ハードとソフトの両面で変革を進め企業全体を成長させる~

「アドバイザーの方から『ハードとソフトは両方変えないと意味がない』と助言されたのが、今も心に残っています。ハードとはデジタル化で、ソフトとは従業員の意識。つまり単にデジタル化を図るだけでは不十分で、従業員のものの見方や思考法を変えることで、はじめて企業は前に進めるというわけです。
今回のIoT導入で、当社のハード面はかなり整いました。そこで今後は、従業員の意識改革に力を入れることでデータ活用をさらに進めたいと考えています。
新工場を作ってから、『大日工業さんって変わったよね』と褒められる機会が増えました。これからも常に変革を目指し、いい会社に育っていきたいですね」
企業情報
- 社名
- 大日工業株式会社
- 所在地
- 東京都葛飾区四つ木5-16-11
- 設立
- 1976年
- 事業内容
- 電子部品の無電解ニッケル-金めっき加工
- 資本金
- 1,000万円
- 従業員数
- 15名(2025年8月現在)