2020.03.31
中小企業は世界のDX先端企業から何を学び、何から取り組むべきなのか?
急激な環境や市場の変化に対し、デジタル技術を使うことで企業や事業の根本的な変容を遂げるDX(デジタルトランスフォーメーション)。そこでは強い意志をもったリーダーが、社員や外部パートナーと一体となることで、新しい事業と対応できる組織への変容が生まれるのです。
DXの原義から世界の先端企業の事例を通して、DXへの取組のはじめの一歩を解説します。
篠原稔和(しのはらとしかず)
プロフィール
ソシオメディア株式会社 代表取締役
NPO法人 人間中心設計推進機構 理事長
総務省 技術顧問(デザイン推進担当)
HCD(人間中心設計)やUX(ユーザー体験)、デザイン思考、情報デザイン、デザインマネジメトを専門に、デジタルデザインに関する戦略コンサルティングの活動やDX企業に関わるリサーチ活動に従事している。主な監訳書に『詳説デザインマネジメント – 組織論とマーケティング論からの探究』(2020)他多数。
「デジタルトランスフォーメーション」とは何か?
「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉を、中小企業の経営者の皆さんも耳にされて久しいことでしょう。経済産業省の「DXレポート」の発表が2018年の秋なので、既にその取組みを始めておられる方もいるかもしれません。
ここでいう「デジタル」とは、「デジタル技術」であり、「デジタル技術を活用すること」をさしています。特に、デジタルを介したコミュニケーション手段の基盤となるインターネット技術が、あらゆるモノに接続される「IoT(Internet of Things)」の時代となって、ヒトとヒトのみならず、ヒトとモノ、モノとモノとをソフトウェアを介してデータ接続できるようになった状態も含みます。
一方で「トランスフォーメーション」とは何でしょうか。たとえば、蝶が「イモムシからサナギ」、「サナギから蝶」へと状態変化していくことがあげられます。ここでは、生命の生き残りや成長を遂げるために環境に最適化していくことが含まれるのです。また、「ソーシャルトランスフォーメーション(社会的変容)」といった用語では、個人がその親の社会的に帰属する地位を自らの力で変えていくプロセスや、社会システムが環境の変化に応じて「社会の集団意識」に変化を与え、大きく社会や文化を変革するプロセスのことを指します。
このように確認すると、DXには単に「ITを使って仕事のプロセスや手段を変えること」だけではなく、自らがおかれる環境の変化に最適化して持続するために、「デジタル技術を活用して、企業のありさまを根本的に変容させていくプロセス」と捉えられることがわかります。そのことから、環境や市場の変化からの影響を真っ先に受ける中小企業こそが、強い危機意識の下で「組織やマインドセットの変容」を実現できれば、新たな事業や企業へと変化できる存在に近いとも言えるのではないでしょうか。
DXを推進するためには、変化に対する危機意識の醸成が前提となって、リーダー自らが組織や企業の置かれた原点に立ち返り、「自社は何のためにあるのか」、「自身が成し遂げたいことは何か」を問い直すことや、デジタル技術で実現できる「ビジネスモデル」を描き出きだすことが重要です。そして、「ビジネスモデル」をスパイラルに発展させながら、具体的な解決策への行動と投資を辛抱強く続けていきます。まさに、ビジネスモデルとその実現に向けたリーダーの強い意志こそがなければ動き出しません。
DXに成功した世界の先端企業から学べることは何か?
DXを推進していく上で参考となる先行事例にヒントを探りましょう。それは、DXのソリューションを提供する世界の先端をいくベンダー企業自らが、どのようにしてDXを成し遂げてきたかに着目することです。
たとえば、2015年に米国における産業サービス活動である「インダストリアル・インターネット」の旗頭となった米GEでは、同社のデジタル事業を立ち上げのために戦略や企画に携われるIT人材の大量採用と同時に、ソフトウェアのデザインを担う人材やデザインリーダーなどの「デザイン人材(HCD人材)」への注力がありました。この人材は、「FastWorks」といったデジタル時代の働き方の手法を用いた教育や各種のプロジェクト支援を行いながら、同社のDXソリューションベンダーへの道のりを支えました。
また、コンピュータのハードウェアベンダーであった米IBMが、現在のDXソリューションベンダーへと変貌した背景にも、従来からのIT人材を戦略の担えるITコンサルタント人材へ移行することや、データ分析やAI(人工知能)への投資を強化することと同時に、デザインリーダーの採用や1,000名を超えるデザイン人材の採用がありました。そして、現在でも全社員に向けたデザイン思考の教育が続いています。
他にも、基幹ソフトウェアパッケージのITベンダーであった独SAPでは、急速にオンライン上のプラットフォームサービスへ移行するための投資の裏側で、デザインに関わる投資が続いていました。2004年に米スタンフォード大学におけるデザイン思考の学校(d.school)の開設への資金提供を皮切り、15年以上もの歳月をかけて既存サービスのソフトウェアデザインの向上や、全社員がデザイン思考のワークショップを推進するスキルを身につけることなどが、現在のDXソリューションベンダーの雄になる原動力なのです。
このことは、「DXレポート」と同じ経産省(特許庁)から出された報告書『「デザイン経営」宣言』(2018年)でも確認することができます。ここでは「デザイン経営はデザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法」と定義していて、その「ハンドブック」や「課題と解決事例」も2020年に公開されました。「デザイン経営」(欧米では「デザインマネジメント」と総称)に関わる報告書と「DXレポート」とを組み合わせて読み解くことによって、DX推進のメカニズムを探ることができるでしょう。
中小企業は、DXの取組を何から始めればよいか?
それでは、中小企業の経営者の皆さんが、これからDXに取り組もうとするためには、どんなことから始めればよいのでしょうか。ここでは、より身近な形でDXに取り組むための方法をご紹介していきます。
始めに、経営者は「2人のメンバー」を探します。1人は20代のデジタル機器を使うことが幼少期から身についている世代、俗に言う「Z世代」の若者です。そして2人目は、デザインのことがわかるメンバーで、インタビューや観察ができ、具体的な絵を描いたりモノを作ったりもできる経験豊富な方、いわゆる「HCD人材(デザイン人材)」です。HCD人材は、若者と経営者との間での会話を促すことや、その場の記録とアイデアを形にすることを支援する役割を担います。
メンバーが集まればワークショップを開催します。場所はいつもの会議室とは違うところが良いでしょう。最初に簡単な自己紹介を行った後、経営者は20代の若者に対して自分の会社や事業のことを説明するのです。そして、なぜ会社を始めたのか、会社を始めた時にはどのような夢を描いていたのかを語ります。
続いて、今、抱えている課題とその対応策についての説明です。
ここまできたら、次のセッションでは話者を交代し、若者に「デジタル技術を使った課題への解決策やサービスのアイデア」を考えてもらいます。
そうして、アイデアがまとまったら、HCD人材がここまでの議論のまとめとアイデアの具現化を行い、何度かこのサイクルを繰り返していくのです。
次は、社員を集めたワークショップの開催です。
ここでは、ワークショップのプロセスとツールに従ったセッションを行います。たとえば、新たな事業のユーザー像を描くこと、ユーザーが求めることのアイデア出し、各アイデアからのシナリオ作り、各シナリオに沿った即興劇、互いの劇への寸評会などです。
そして、HCD人材がアイデアを具体化することで、ビジネスモデルの原型が現れてきます。その頃には、参加した社員の目の色も変わっていることでしょう。
このようにして、経営者が他者を介して会社や事業のことと自分自身のことを振り返り、若者や社員とのアイデア交換を重ねながら、デジタルを活用したビジネスモデルを明確にしていくのです。そのプロセスに社員が加わっていくことで、組織やマインドセットの変容を促すことに直結させていきます。
このような時間や活動に投資していくことこそ、中小企業が取組むべきDXの第一歩であり、まさにDXで成功した世界の先端企業のプロセスそのものでもあるのです。
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