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2022.11.15

デジタル化に必要なのは、知識や技術ではない!
IoT研究の第一人者が語る“本当に大切なこと”

東京大学大学院 工学系研究科 教授 森川 博之 氏

デジタル化の波にのって、近年あちこちで耳にすることの増えたIoT(Internet of Things)。モノのインターネットと訳されるこの技術を中小企業が活用するためには、どのようなことに注力すべきなのでしょうか?20年以上前から研究を続けているという、同業界の第一人者、東京大学大学院工学系研究科 森川 博之教授が、身近な具体例とともに、その真髄を語ってくださいました。

森川 博之 氏(もりかわ ひろゆき)


森川 博之 氏(もりかわ ひろゆき)

プロフィール

  • 東京大学大学院 工学系研究科教授

1987年東京大学工学部卒業。1992年同大学院博士課程修了。2006年東京大学大学院教授。
IoT/ビッグデータ/DX、無線通信システム、クラウドロボティクス、情報社会デザインなどの研究に従事。
情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)会長、OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、総務省情報通信審議会部会長、Beyond 5G新経営戦略センター長、ブロードバンドワイヤレスフォーラム会長、情報社会デザイン協会代表理事、電子情報通信学会次期会長等。
著書『データ・ドリブン・エコノミー』(ダイヤモンド社)『5G 次世代移動通信規格の可能性』(岩波新書)など。

IoTは“現場起点”。何をすべきかが重要

―― 「モノのインターネット」と言われるIoTについて簡単にご説明いただけますか?

IoTって聞くと、「難しいデジタル技術が必要なんだろう」と思われることが多いのですが、実はそうじゃないんですね。例えば、四国でやっている古紙の回収システムの事例なんですが、これは回収ボックスにセンサーとSIMカード(ID番号が記録されたICカード)を入れただけなんです。それで古紙の量を遠隔で把握できるようになり、それまで毎日回収しなくてはいけなかったのが、週2日くらいで良くなり、回収業者のコストがぐっと下がったわけです。

こういった例が、IoTのわかりやすい活用方法なんですが、四国の事例で面白かったのは、そこにスーパーマーケットを巻き込んだ点です。お客さんがスーパーマーケットの駐車場に設置されている古紙回収ボックスに古紙を持っていくと、量に応じてそのスーパーのポイントがもらえるという…。そのポイント分は誰が負担しているのかというと、古紙回収事業者です。回収コストが浮いた分の一部を還元しているんですね。 これはとても単純で、そしてまた非常に小規模ですが、僕は新しい価値を生み出した注目すべき事例だと思っています。お客さんとスーパーマーケットと古紙回収事業者が、それぞれWin- Win- Winですから。 このレベルの話って、たぶんいろいろなところに膨大に転がっているはずなんですよ。言われてみれば当たり前。仕組みも非常にシンプル。やればできるのに、ただ気づいていないだけなんです。 例えば、埼玉県の川越市にあるバス会社の事例も同じです。それまで赤字だったバス会社が黒字化したんですが、何をしたのかというと、バスに2つのセンサーを入れただけなんです。GPSセンサーと乗降客数を測るセンサーを入れることで、お客さんを「見える化」したわけですね。 そこで取得されたデータを分析したところ、「ルートが良くないね」「時刻表はこう変えたら?」という発見や提案が生まれ、バスの運行をガラッと変えることに成功しました。その結果、効率が良くなり、業績が回復していったわけです。 今の話を聞くと、「これなら誰にでもできるのでは?」と感じていただけたと思うんですが、では「僕にできるのか?」と言ったらできないんです。なぜかというと、現場のことがわからないから。IoTって実は「現場起点」なんです。どんなに優秀なデジタル人材がいても、何をすれば良いかわからなければ始まらないんですね。 ですから、何よりも大切なのは、現場の方々の意識なんです。今までデジタルと関係なかった方に、「自分でも考えられる」という意識を持っていただくのが、IoTにおけるとても重要なファーストステップと言えます。

東京大学大学院 工学系研究科 教授 森川 博之 氏

知識はすぐに習得可能。軽い気持ちで取り組もう!

―― 現場の人の意識が大切ということですが、とはいえ、やはり知識がないとデジタル化は難しいのではないでしょうか?

周りにデジタル技術に詳しい人がいなくて、センサー等について一切わからないという場合は、行政がやっている相談窓口に聞きにいけば良いのです。今、東京都を始め、各地方自治体にも、そういった窓口が用意されていますから。

東京都中小企業振興公社においては 「ICT・IoT・AI経営相談窓口」 を設置しています。 AIやIoT、5G(第5世代移動通信システム。高速大容量、高信頼低遅延、多数同時接続という3つの特徴がある)といったさまざまなバズワードがありますが、僕は極論、数時間もあればだいたい誰でも、おおよその枠組みは理解できるんじゃないかと思っているんです。 例えば、AIというのは分類するためのテクノロジーです。AIってなんかすごいものみたいな感じがするけれど、結局分類しているだけなんですよ。囲碁や将棋も、その場面場面を分類しているから、人に勝つことができるわけです。異常検知できるのも、正常な時と異常な時を分類しているだけですし、顔画像認識も、AさんとBさんを分類しているわけです。つまり、「分類したければ、AIを使えば良い」といったような理解でも、まずは十分かなぁと。 要するに、最新技術に関してまったく知識がないのはダメですが、ちょっと勉強するだけでも十分なんです。中小企業の社長さんだったら、P/L(損益計算書)とかB/S(貸借対照表)といった会計上のことは、ある程度把握されているわけですよね。その上で、細かいところは会計事務所とかにお願いしているわけで…それと同じなんです。 ですから、「デジタル人材がいないからダメだ」というのではなく、「まずは自分たちでできる」という意識を持って、軽い気持ちで取り組んでいただくのが良いと思います。

経営者と現場が近い。それが中小企業の強み

―― IoTに関して、大企業より中小企業の方が着手しやすいということはありますか?

その可能性は十分にありますね。なぜかというと、中小企業の方が、経営陣と現場が近いわけですから。大企業の場合、本社が「今後はデジタル化していくぞ!」といっても、現場が遠いので伝えるためにものすごい労力が必要になります。

現場にいる、今までデジタル技術に無縁だった人は、大概「デジタルなんかやりたくない」という人が多いので、そこを説得するためにも、距離の近さが優位に働くと思います。

さらに地方だと、物理的にも距離が近いんです。例えば、水道事業をやっている会社とIT企業の経営者が同じ集まりにいて、そこで何かを議論をすることによって新しいものが出来上がる、といった感じです。 とにかくIoTに関しては、大企業のような資本も、難しく考える必要も全くないことを、僕から皆さんにぜひお伝えしたいと思っています。

東京大学大学院 工学系研究科 教授 森川 博之 氏

コンパクトにフットワーク軽く、まずやってみる

―― 今後中小企業がIoTを活用していくうえで、経営陣が意識するべきことはなんですか?

今の世の中は、もうすでにあらゆる場面でデジタルが使われています。ですから、「デジタル化とは必要不可欠で、ごくありふれたものである」という認識を持って欲しいですね。

そして経営者の方にお願いしたいのは、まず「コンパクトにフットワーク軽くやる」ということ。僕は、IoT含めデジタルって「海兵隊」だと思っているんです。陸軍や海軍といった本隊が出ていく前に、非常にコンパクトな組織でフットワークの軽い海兵隊が、まず敵陣に出て行って様子を探りますよね。そういうイメージです。 2つめは、これが重要なんですけれど、海兵隊は「一番最初に敵地に出ていくので、死亡率が高い」という点を理解すること。高いリスクを背負って出ていくわけですから当然です。でもその人たちがいるからこそ、本隊は出ていける。 残念ながら、デジタル化も「やれば必ず成功する」というわけではありません。PoC(プルーフ・オブ・コンセプト)という、「簡易的にやってみて、実現性や効果を実証する」という方法がありますが、IoTとかデジタル化は、まずPoCでやってみるのが大事。でもね、これがほとんど失敗するんですよ。それを僕はPoCの屍(しかばね)と呼んでいます(笑)。特に「テクノロジーを使って何かするぞ!」というところから入ってしまうと、価値がついてこないから失敗しがちですね。これは、経験を積み重ねていくしか、解決する方法はありません。 例えば僕自身の例でいうと、十数年前スマート農業が出てきたとき、「水田センサー」の開発に関わりました。お米農家さんは、毎朝水田の水量や温度を2~3時間かけてチェックするのですが、「水田センサー」を設置すれば、わざわざ行かずとも、遠隔ですべて把握できるようになるというわけです。 そこで農家の方にヒアリングをしたり、アンケートを取ったりしたところ、「欲しい」という声が非常に多かったので、実際に作って売り出したんですが、全く売れませんでした。アンケートでは「欲しい」と答えても、本当にそれにお金を払うかどうかは別物だったんです。コストが下がれば普及していくとは思うのですが、当時はまだ価格が高すぎたんですね。実際にやってみて、それに気付いたというのがこの事例における学びでした。 また、アメリカにウォルマートという会社がありますが、彼らはピックアップタワーというものをコロナ前に始めました。オンラインで購入したあと、そこへ行ってスマホをかざすと、ダンボールに入った品物が出てくるというタワーです。ウォルマートはアマゾンにお客さんをとられているので、とにかくいろいろなことにトライしている。僕は内心「うまくいかないだろう」と思ったのですが、案の定数カ月前に「ピックアップタワーをやめる」というプレスリリースがウォルマートから出されました。 でもね、こんな風に「とにかく走りながらやっていく」という姿勢が大事だと思うんです。「やってみてダメだったらすぐにやめる」ということを繰り返していくという感覚がデジタル化にはとても必要なんですね。

失敗も試行錯誤も当たり前

―― IoT含めデジタル化には、失敗を恐れずにチャレンジする精神が大切なんですね?

どんな大企業だって、ほとんど失敗しています。走りながら変えていくのがうまい組織が生き残るんです。Uberだって、もとはハイヤーのようなサービスだったそうです。でもライバル会社が今のような仕組みを始めて、そこですぐにまねして変えたから、今の成功があるんです。

Googleだって、現在のようなクリック課金型広告の仕組みは、ライバル会社のまねだと言われています。正解なんてわからないから、とにかく走りながら考えていくしかないんですね。 ここ数年で、全国を回って講演させていただいたのですが、「何をすれば良いのかわからないのがデジタルですよ」「わからないなりに試行錯誤して進んでいくのがデジタルですよ」とお話すると、皆さん安心されます(笑)。実際、そんな感覚だと思うんですよね。

東京大学大学院 工学系研究科 教授 森川 博之 氏

大切なのは気づくこと。そこからデジタルの活用が始まる

―― デジタル化の過程に、正解はないということでしょうか?

大事なのは、気づきを得ることです。気づきさえすれば、デジタルテクノロジーで解決できることはいっぱいあります。
僕がよく講演でお見せするのが、イギリスのFintechベンチャー(金融サービスと情報技術を結びつけた新しい事業を行う会社)が作ったビデオなんです。その会社が「イギリスのパブが銀行の窓口のようなサービスをしたらどうなるか」というのをやってみたんですよ。

ある女性がコーヒーを注文すると、まずはじめに「番号札を取ってください」と指示される。自分の番号がきて「コーヒーをお願いします」といったら、「担当者を呼んできますのでお待ちください」と言われ、待っている間にアンケートを書かされる。支払いの段階になったら、コーヒー代金に加え手数料までとられて、その女性が怒りはじめる、といった具合です(笑)。 このビデオを見ると、「銀行はなんで番号札を取らせるの?」「利用者が満足できるやり方はないの?」など、いろいろな疑問やアイデアが浮かんでくるわけです。でもね、銀行とパブの窓口が、こんなにもサービスが違っていることだって、言われるまで気づかない。 我々は、固定概念と既成概念に縛られているんです。そこから一歩抜け出れば、会社で今やっている業務プロセスにおいて、デジタルを活用できる部分がいろいろあることに気づけるでしょう。そんな気づきを得るために必要なのは、なんと言っても多様性ですね。さまざまな思考や属性を持った人が入りこむことによって、気づく確率が高まるんです。

デジタル化こそ、人間力が必要

―― 中小企業が、今後IoTを活用してイノベーションを起こすためには、何が必要だと思われますか?

これからの価値の創造って、パーツをくるくるくるっと回転させてポンポンと当てはめていくテレビゲームがありますけど、あのようなものだと思うんです。それのうまい人が、価値を作っていく時代に入ってきたんです。

テクノロジーもパーツ、企業もパーツ。それらを回転させて、パカンと当てはめるところに価値が生まれるわけです。例えばGoogleやAppleも、実は全世界にあるいろいろなパーツを集めてきて、うまく当てはめているだけ。自分たちで一から生み出しているわけではないんですね。 ですから、大企業でも中小企業でも、これからは自分たちで全部やるのではなく、「いろいろなものをうまく組み合わせよう」という意識で経営していただくと良いと思います。自社の苦手な分野があれば、それを得意とする会社とつながればいいだけ。これがうまくいけば、オープンイノベーションが成功します。 そのとき大事なのは、相手に対して共感できる人間力です。つまり、パーツをうまく回転させるためには、相手の立場に立って、どんな価値を提供できるのかを考える想像力が求められる。実はデジタル化こそ、人間力が必要なんですね。

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