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2023.01.25

「デジタル化って良いものだな」
そう実感しながら一歩ずつ進んでみよう!

「専門家記事」独立行政法人 経済産業研究所 岩本 晃一 氏

国をあげてDXが推進されている昨今ですが、「何から手をつければ良いかわからない」というのが本音である中小企業も少なくありません。独立行政法人 経済産業研究所(RIETI)のリサーチアソシエイト、岩本 晃一 氏によれば、まず「お困りごとの解決」「ペーパーレス化」といった身近な目標を立て、その過程でデジタル化の良さを実感することが大切であるとのこと。今回はステップ・バイ・ステップでDXを推進するための方法について詳しくお聞きしました。

 RIETI(独立行政法人経済産業研究所、英語名称:The Research Institute of Economy, Trade and Industry)は、2001年に設立された政策シンクタンク。理論的・実証的な研究とともに政策現場とのシナジー効果を発揮して、エビデンスに基づく政策提言を行っている。

岩本 晃一 氏(いわもと こういち)


岩本 晃一 氏

プロフィール

  • 独立行政法人 経済産業研究所(RIETI) リサーチアソシエイト

中小企業やDX、雇用問題、地域経済などに関する専門家。1983年通商産業省入省。在上海日本国総領事館領事、産業技術総合研究所つくばセンター次長、内閣官房参事官、経済産業研究所上席研究員等を歴任。2020年4月から現職。
著書『中小企業がIoTをやってみた』(日刊工業新聞社)『AIと日本の雇用』(日本経済新聞社)『AIは社会を豊かにするのか』(ミネルヴァ書房)など。

「守りの投資」と「攻めの投資」

―― 中小企業がDXを導入するとどのような効果があるのでしょうか?

大きく分けて2つの効果があります。1つは、人間がやっていることを機械に置き換えることで、コスト削減や人員削減が可能になります。
工場などの生産現場では、以前より工作機械やロボットなど、いろいろな設備を導入して人間の手足を代替してきましたが、それが情報通信時代になり、コンピューターを利用することで、人間の目耳や頭脳労働も機械に置き換えられるようになってきました。

もう1つはデジタル技術を使った新しいビジネスを始める、ということが挙げられます。これは、情報通信技術を駆使して付加価値の高い商品や取引手法を作り上げ、一気に売り上げを伸ばしていくような新しいビジネスモデルを作るということです。 前者の方が「守りの投資」、後者の方が「攻めの投資」と呼ばれています。

日本の中小企業でDXが進まない理由

―― そのような効果があるにもかかわらず、中小企業でDX導入がなかなか進まないのはなぜでしょうか?

中小企業では「守りの投資」をされる場合がほとんどです。人間の労働を機械に置き換えるという、省力化投資・機械化投資は非常にわかりやすいため、まずそこから手をつけようという発想になるのですね。

ただ「守りの投資」は、コストや人員の削減にはつながるものの、売り上げ自体はほとんど上がらないため、結局「デジタル化へ投資しても儲けにならない」という結論になるわけです。しかも人間の労働をロボット等で代替するので、雇用問題も発生してきます。ですから従業員も「あまりやりたくない」という暗い社内の雰囲気状況に陥りがちです。 さらに、多くの中小企業にはDXに詳しい専門家がいないという問題もあります。現場で働いている方々の中には、機械系の専門家はたくさんいますが、情報通信関係の専門家はまだほとんどいません。そのため、社長が実際にDXを導入しようと思っても難しいというのが現状です。 また日本の中小企業は外国と違って、系列取引に組み込まれている企業が8割を占めています。系列取引の大きな特徴は、親企業から図面をもらい、作り方の技術指導もしてもらって、その図面通りに作ればすべて買い上げてくれるというものです。そのため、系列の中小企業は、生産現場だけで1つの企業体を成しています。これは日本だけの大きな特徴です。 親企業の言うことを聞いていれば仕事が回っていきますので、自分たちでデジタル技術を導入して売り上げを増やそうとか、デジタル技術を実装して新しい製品を作り上げていこうというニーズが基本的にないのです。技術やノウハウは大企業から無償で教えてもらえるので、対価を払ってまでも新しいデジタル技術を開発しようとはならないのです。 フラウンホーファー研究機構というヨーロッパ最大の応用研究機関があり、その日本支部は中小企業から依頼がほとんどないという点は、世界の中で非常に特徴的だそうです。中小企業の方が仕事の相談に来ることはあっても、コンサルタント料を提示すると、高すぎるということで皆さん帰っていくそうです。 ですから「日本の中小企業はコンサルティングや技術指導に対して、お金を払うという感覚がないようだ。技術やノウハウは無料でもらえるものだと思っているのだろう」と、日独双方の産業構造に詳しい方も話していました。

―― 「守りの投資」をしている中小企業は多いのでしょうか?

例えばソフトを購入して、そろばんや電卓で行ってきた経理関係の仕事をコンピューターに任せるとか、そういったことであればすでに着手している経営者も多いのですが、もう一歩進んで、業務内容に合わせたオーダーメイドのシステムを作り上げるという段階になってくると、まだそこまではやっていない会社がほとんどです。

私の経験から言うと、中小企業の経営者は、だいたい2~3千万円の投資であればDXをやりたいという方が多いのですが、実際には何をどうすれば良いかがわからない。今の生産ラインに追加設備を増設するということはこれまで行ってきましたが、生産ラインにコンピューターを導入しネットワークを構築し、情報通信のさまざまな付加価値をつけていくという話になると、まだあまり理解が及ばないという状態です。 歴史的に見ると、アメリカでGAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)が創業された1995年あたりが、機械技術から情報通信技術に大きく転換した時期になります。つまり、もう30年以上前のことです。それにも関わらず、デジタル技術を雲の上の技術のように思われる方はまだまだ多い。それだけ日本全体がデジタル化に遅れをとっているのです。 社内にDXの専門家がいないのであれば、ITコンサルティング会社等にお金払って、どんどんデジタル化を押し進めれば良いと思うのですが、中小企業の方はコンサルティングにお金を払うという発想自体があまりないことがネックになっていると思います。

「専門家記事」独立行政法人 経済産業研究所 岩本 晃一 氏

デジタル化で売り上げがアップ

―― 「攻めの投資」をしていくと、どのような未来が見えるのでしょうか?

2016年から「IoT、AIによる中堅・中小企業の競争力強化研究会」という勉強会を主催しています。モデル企業6社に参加してもらい、DXを推進するとどういう成果が出るのか、世の中の人に知ってもらうことを目的に開催しています。実際にデジタル技術を導入してみると、どの企業もだいたい2~3割ぐらい売り上げが上がっています。

一例として、停電になったときに発電する非常用電源を作っている東京電機についてお話します。この会社は、非常用電源では日本で第2位のシェアをとっていました。東日本大震災以降、非常用電源に対するニーズが増え、その需要自体は高まっているにもかかわらず、残念ながら会社の売り上げは逆に減り続けていました。 この状況を何とかしないといけない、ということで勉強会に参加されていました。デジタル化に関するいろいろな試みをすることにより売り上げが下げ止まり、反対に1割増えて、いわゆるV字回復したのです。さらに「先進技術を使ってデジタル化に取り組んでいる会社だ」ということが評判になり、会社の価値も上がりました。 私が講演会に呼ばれたときは、「デジタル技術を導入すると売り上げが2~3割伸びた実例があります」と実例を挙げてわかりやすく説明し、中小企業の方々は面白そうに話を聞いてくれますが、自分で一歩踏み出してみよう、というところまでいかないケースがほとんどです。

まずは「お困りごとの解決」と「ペーパーレス化」から

「専門家記事」独立行政法人 経済産業研究所 岩本 晃一 氏

―― 中小企業がDXを導入するにあたり、まず何から着手していくとスムーズにステップアップしていけるのでしょうか?

最初に着手すべきものは2つあります。まず1つは、「お困りごとを解決する」ということですね。どんな会社にも、困っていることが1つ2つあると思います。それを解決することから手をつけるのがおすすめです。これは従来から日本の会社で行われてきた「カイゼン」と言われる活動で、生産現場の作業効率などを、作業者が中心となり知恵を出し合うことで問題を解決していくというものです。

これまでの「カイゼン」だと、機械系のエンジニアが新しい機械を導入して問題解決を図ってきましたが、これからは情報通信技術を導入することによって、「カイゼン」を行う場面が増えていくはずです。 典型的な例として、熟練の職人が行ってきた検査をAI(人工知能)に代替させるというものがあります。パソコンの画面を加工している現場で、作業工程のほとんどは機械化しているものの、最後に画面の表面に傷がついているか確認するのは、職人の目でチェックしていました。 ただ、その職人さんたちがだんだんと高齢化し、視力も落ちて、傷がついているのに気づかずにメーカーへ納入されてしまうといった事態が起こるようになってきてしまった…。従来の工作機械やロボットでは、最後の検査の部分までは担えなかったのですが、今の人工知能は目を持っているため、それが可能なのです。 パソコン画面にカメラを当てて、傷がついているかどうかをAIでチェックするという方法をとれば、人の目以上に細かい検査ができますし、さらに人のように当日の体調などによる精度のブレもなく、常に安定した検査が行えます。AIが作業工程の中に入ったことでお困りごとが「カイゼン」したわけですね。ですから、まずは「お困りごと」を見つけて、それを解決するためにデジタル技術を導入するという流れが良いと思います。 もう1つは、ペーパーレス化です。中小企業では、いまだにたくさんの紙を使っているところがあります。先ほどお話した非常用電源を作っている会社も、最初に伺ったときは設計部門にCADを導入していないため、図面が部屋一面に散乱していました。でも徹底的にペーパーレス化を押し進めることで、最終的には完全に紙をなくすことに成功したのです。 よくある例として、作業現場で製品の検査等をした場合、数値を紙に書き、油に汚れた紙をそのままオフィスに持っていってコンピューターに入力するというのがあります。それだと、二度手間になる上にミスも発生しがちです。これは、現場に情報系の端末を持っていって、その場で数値を入力すれば簡単に解決できることです。このように、まずは紙をなくしていくということが、中小企業にとって一番ベーシックでわかりやすいデジタル化の一歩ではないでしょうか。 DXは、最初から難しいことをやってもなかなか進みません。まずは初歩的なところから手をつけて、「デジタル化って良いものだな」ということを現場の皆さんに理解してもらいつつ、ステップ・バイ・ステップで難易度を上げていくのが良いと思います。

「専門家記事」独立行政法人 経済産業研究所 岩本 晃一 氏

頭脳労働もデジタル化する時代へ

―― さらにその先のステップにはどのように進めば良いのでしょうか?

これまで、中小企業の現場における肉体労働は、工作機械やロボットを導入することによって、かなり自動化されてきました。
ですが、オフィスワークの方はまだ人間の労働が大部分を担っています。ですから今度は、オフィスワークの部分をだんだん自動化していくという流れになります。

昔のチャップリンの映画を思い浮かべていただけるとわかりやすいのですが、あの時代は生産ラインに人がびっしりいました。それが今や機械に置き換わって、現場にいる作業員はかなり減ってきましたが、オフィスワークの方には相変わらず人がたくさんいます。これからはデジタル化によって、人間の頭脳労働の部分もだんだん機械に置き換わり、オフィスからも人が減っていくことになるでしょう。 そして、実際にオフィスワークにデジタル技術を導入してみると、スピードが速くて効率的で、仕事の完成度も高いということが実感できるはずです。その一番最初の取っ掛かりが、ペーパーレス化です。ペーパーレス化するためには、デジタル技術を導入して、さまざまなものを電子化する必要があります。実はペーパーレス化に取り組むことにより、次のステップへと自然に進んでいけるようになるのです。

DXは経営改革

―― 今後、中小企業がDXを導入していくにあたり、経営陣がなすべきことや持つべきマインドはどのようなものだと思われますか?

「DXは経営改革である」と言われています。要はデジタル技術を導入するだけではなく、それに伴って経営も変えていこうというマインドが必要です。どの部分を機械に任せて、どの部分を人が担うのか。これまで人が行ってきた頭脳労働の一部をコンピューターにやってもらうにあたり、社内の体制も変えないといけないし、新しい人材も育成しないといけない。そこから考えていかないとDXは進みません。ですから、DXを経営の一貫と捉えて、仕事のやり方自体も同時に変えていくことが経営陣には求められると思います。

いずれにしても、とにかくやってみることが大事です。話を聞くだけでなく、何でも良いから一番単純でわかりやすいことから着手してみてください。そして「デジタル化って良いものだな」と実感してみてください。そうすることで、次の行動につながるはずですから。

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