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2023.02.22

DX推進に必要なのは、
経営者の“会社を変えていく姿勢”です

喜多羅株式会社 喜多羅 滋夫 氏

DXは中小企業にとっても今や急務となっていますが、経営者がITやデジタル技術に必ずしも精通している必要はありません。外資系企業から日本の大企業まで、さまざまな状況下でIT部門の変革を担ってきた喜多羅滋夫氏に、DXの狙いや効果、具体的な進め方、経営者がとるべき姿勢などを詳しくお話していただきました。

喜多羅 滋夫 氏(きたら しげお)


喜多羅株式会社 喜多羅 滋夫 氏

プロフィール

  • 株式会社ラック 執行役員 CIO
  • 喜多羅株式会社 Chief Evangelist
  • 合同会社シゲオン 代表社員

P&Gとフィリップモリスにて20年余りIT部門に従事した後、2013年日清食品ホールディングス株式会社に同社初のCIO(最高情報責任者)として入社。グローバル化と標準化を軸にグループの情報基盤改革の指揮を執る。2021年3月に同社を退職し、独立。数多くの企業のITとイノベーションによる事業変革支援に取り組んでいる。

経営者と顧客、両方の満足度を高めるのがDX

―― まず初めに中小企業がDXを導入すると、どのような効果があるのかお聞かせください。

わかりやすく具体例を挙げてお話します。ある人気のカレー屋さんがあって、もともと電話やメールで予約を取っていたのですが、「もっと効率化しよう」とデジタルの予約システムを導入しました。しばらくしてオーナーさんに、「デジタル化してどうでしたか?」とお聞きしたら、「売り上げが2割も伸びたよ」と。

詳しく話を聞くと、それまではコロナの関係で思ったよりお客さんが少なくてカレーを余らせてしまったこともあったけれど、来店者数がしっかり把握できるようになり、ムダがなくなった。余裕のある日には追加でテイクアウトのお弁当を作ったりもできる。また予約したお客さんが途切れなく来てくれることで、お店の回転も良くなったと話してくれました。

以前は、「この方はリピーターさんかな?新規のお客さんかな?」と、声がけに迷うこともあったのが、このシステムだとそれが選別できるから重宝すると。加えて、そのデータを蓄積していくと経営上の貴重な財産になるともおっしゃっていました。

お店にとって大事な、「お客さんを理解すること」「売り上げをアップさせること」がかなったのはもちろんですが、特にオーナーさんが喜んでいたのは「おいしいカレーを作ることに集中できる環境になった」ということでした。それまで席の予約や食品ロス、お客さんへの対応といったことに使わざるを得なかった労力を、システムに任せることで一気に減らすことができたわけです。

このような話は、本当に多いです。DXが本来目指すべきなのは、お店や企業が、「本当にやりたいことをやるための時間」あるいは「自分がやらなくていいことはシステムに任せて、大事なことに注力できる環境」を作り出すことなのですね。

実は私の個人会社の帳簿管理も、以前は紙を使っていました(笑)。しかし、会計システム導入後は、税理士さんといちいち対面して説明しなくても、データを見ていただいて経営状況の相談をしたり、より的確なアドバイスをいただけるようになりました。デジタルを介して専門家と情報共有することで、本来、会社が優先すべき事項に集中して時間と労力を使えるようになったわけです。

つまりDXとは、経営者が自分の会社に対して、あるいは顧客がその会社に対して、より満足度を上げていくための一つの方法である、という言い方もできますね。

喜多羅株式会社 喜多羅 滋夫 氏

まずは会社の課題を明文化

―― 中小企業がDXを推進する際、まず何から着手すべきですか?具体的なステップを教えてください。

私がDXに関してご相談を受けるときには、具体的なツールや作業の話をするよりも、「今、会社にとっての課題は何ですか?」とお聞きするようにしています。それは、「全体の資金がきちんと把握できていない」という悩みなのか、「お客さんのニーズがわからない」なのか、あるいは「取引先との連携がスムーズにいかない」ということなのか。企業によっていろいろな問題があると思うからです。

その企業にとってトップ3に入るような課題は一朝一夕に生まれたものではないはずです。例えば、私が以前いた食品会社では、「過剰在庫にならないようにしつつ、欠品も回避したい」という大きな課題がありました。これはDXがどうとかいう以前から、企業として何十年も抱えているすごく難しい課題です。そこに対する取り組みのひとつに、DXで「もっと正確なデータ分析をしよう」「システムを使って部署間で常に数字を共有しよう」といった解決策が出てくるわけです。

ですから、DXの話はいったん横に置いておいて、自社のあらゆる問題点を一度明文化してみる。次に、それらの課題にどう対応すれば良いのかを考えることです。

例えば、売り上げが早くわかれば、生産量を変えられます。それまで1週間かかった集計を、最新のテクノロジーで1日でわかるようにすれば、より早く意思決定ができて、チャンスロスを防いでいけます。仮に製造業だったら、「円安で原材料が高くなっている」あるいは「コロナの影響でサプライチェーンがうまく機能しない」というようなことが、これからもあるかもしれません。その課題解決には「より広い市場から仕入れるようにすればいい」という答えがあったとして、それをデジタル技術やAIで対応できるのであれば利用しない手はありません。

伴走してくれるパートナーを見つけよう

―― 事業課題を明確にして、いざDXを導入しようとしても、技術に関する知識がない場合どうすれば良いでしょうか?

一緒に伴走してくれる、信頼できるパートナーを見つけるのが良いと思います。行政や業界団体が紹介しているところでも良いですし、あるいは経営者の集まり等で、同業他社の成功例や失敗例などを聞くなかで見つけるのも良いかと思います。

 東京都中小企業振興公社では「現地調査・専任アドバイザーによるトータル支援」を行っております。

経営者の方からのご相談って、「RPA(Robotic Process Automation/業務を自動化するシステム)を入れたいと思うけれど、どう思う?」みたいな、結論から入るケースが多いのですが、そこは最後の最後の話。私が先ほどお話したように、まずはその企業が「これからやっていきたいこと」を決めて、伴走してくれそうなパートナーに相談してみるのが良いと思います。彼らは経験豊富なプロなので、きっといろいろなパターンを提示してくれますから。

要はお医者さんにかかるのと同じです。「胃潰瘍のクスリをお願いします……」と自分で診断するのではなく、「最近胃が痛くて、それが不快だからなんとかしたい」と言って診てもらえば、症状に合わせた処方箋を出してくれるわけで、ざっくばらんに会社の経営課題を相談してみるのが近道です。

良いパートナーを見つけるポイントとしては、すぐにITツールの話をするのではなく、経営課題に対して一緒に考えてくれる姿勢があるかどうか。企業の抱える課題は各社さまざまですし、それに対する解決方法を微調整しながら、一緒に試行錯誤してくれるところが良いパートナーだと思います。

中小企業の経営者さんは、「ITが苦手で……」みたいなことをおっしゃる方が多いのですが、そんなことは全く気にする必要はありません。誰よりも会社のことを真剣に考えておられるので、その思いを素直にぶつけて「何かいいアイデアはない?」と話をされれば良いのです。

喜多羅株式会社 喜多羅 滋夫 氏

一番難しいのが経営の壁

―― 中小企業がDXを導入した場合、社内でどのようなことが壁となるのでしょうか?またその乗り越え方についても教えてください。

企業の中でDXが進まないときの障壁は3つあります。1つ目は業務の壁、2つ目はテクノロジーの壁、3つ目は経営の壁。このうち一番わかりやすいのは業務の壁です。現場の主みたいな人が、「注文はこういう風にやるんだ」「資金管理はこうするんだ」と、その方にとって一番やりやすい方法がそのまま会社の標準になっていて、変えるのが困難だというものです。

テクノロジーの壁は、それなりにIT投資をしてきた会社によくあるのですが、新しい技術を導入するときに、今あるものも活用したいと考えてしまいがちです。言わば、新しい服を買わずにつぎはぎを当ててしまうというような。右手が短いから袖を伸ばして、ボタンがとれたからボタンだけ変える。でもそうすると、全体のデザインが崩れてしまう。このように、今あるテクノロジーと新しいテクノロジーがうまく合わないのがテクノロジーの壁。

業務の壁もテクノロジーの壁も経営者の決断次第なので、比較的解決しやすいと思います。一番難しいのは経営の壁です。経営者が、「DXするぞ」と言いながら、内心「資金もかかるし……」などと思ってブレーキをかけてしまうケース。専務や常務がDXを推し進めていても、社長の腰がなんとなく重いという状態。これだと他の社員もネガティブになってしまって、推進力が高まりません。この経営の壁を突破するのが一番重要です。円が安くなり、アジアは強くなり、少子高齢化や人口減少していくなかで、既存の会社は変革していかないと生き残れませんから。

例えば、富士フイルムとコダックが良い例です。デジタルカメラが出始めたとき、富士フイルムはいち早くそこに投資をして、その後はカメラのみならず、センサーなどにも市場を広げていきました。ところがコダックは、「フィルムにはフィルムの良さがある」と頑として譲らなかった結果、世の中から消えてしまった。富士フイルムは、社名にフイルムとついていますが、全く違う仕事でどんどん市場を拡大し、会社自体が大きく変化したのです。要は経営者が、今の状況をどれだけ冷静に判断して、時代に合わせて変革していけるかが肝です。

「ITが苦手」「わからない」という経営者が多いと話しましたが、でも必要に迫られたら使えるようになります。だってお孫さんの写真がデジカメで撮影されて、スマートフォンに送られてくるとなったら、必死にスマートフォンの使い方を勉強するでしょう(笑)。ITって思うほど難しくないし、ご自分が必要な領域に絞っていけば使いこなせるはずです。ITはチャンスの宝箱。ぜひ食わず嫌いにならないで、上手に活用してほしいと思います。

小さな成功を祝おう

―― いざDXを推進するにあたって、経営者は社員に対し、どのように接していくと良いのでしょうか?

どんなに小さいことでも、とにかく褒めてあげてください。日本の経営者は完璧主義過ぎるので、「この程度じゃ褒めるわけにはいかない」と思われたりするのかもしれませんが、少なくともDXという領域において、担当社員は社長がわからないことに取り組んでいるわけです。会社の事業に関して一番よくわかっているのは社長だと思いますが、ことDX領域においては、担当社員の方が詳しい。そこを理解して、褒めてあげてほしいと思います。やっぱり社員はみんな、社長に褒められたいものなのです。

普段は「もう1回営業に行って来い!」などと気合をかけるばかりの経営者が、小さな成功にちゃんと目をとめて労をねぎらうようにすれば、それで社員のモチベーションは変わっていきます。小さな成功を祝ってあげることで、会社の雰囲気がすごく良くなります。これは大企業でも同じですね。

喜多羅株式会社 喜多羅 滋夫 氏

経営者が率先して旗振り役に

―― DX推進に関して、中小企業の経営者の方々にメッセージをお願いできますか?

DXを進める肝は経営者です。つまり、トップが率先して旗を振ることが一番大事だと思っています。その際、細かいITツールなどの知識は必要ありません。大事なのは、「会社を変えていく」という姿勢を見せること。そして、変えることに協力してくれた人を褒めること。DXの本来のテーマはXの方、つまりトランスフォーメーションなので、そちらを進めていけば会社にとって明るい未来が待っていると思います。

今、私がサポートしている飲料メーカーは、社長が「会社を変えていきたいし、新しい技術も導入したい」ということで、社内で初めてDXのチームを作りました。メンバーはこれまでITとは無縁の部署からの2名。でも、DXは事業変革ですから、事業を熟知している人が適任です。ITの知識は後からでも十分補完できるのです。2人にはまず各事業部門に「困っていること」を聞きにまわってもらいました。すると意外な課題がたくさん出てきた。

次に、社長が旗振り役となってDXチームとキャッチボールをしながら、課題解決のためのDX指針を作りました。今、会社全体で「DXをやろう」という気運がどんどん高まっています。これは、社長自ら経営の壁を取り払って、本気でDX推進にコミットしている良いケースです。こういう体制が作れれば成果が出るのも早いのです。

最近興味深いと感じている事例は、全日空さんのDXです。数年前、マーケティング部門を分社化して「ANA X」という会社を作りました。「ANAマイレージクラブ」を中心としたビッグデータを活かして顧客関連事業に力を入れようというわけです。これはエアラインの会社が、先々ノンエアライン事業を中核にしていこうというイノベーションです。「人が動く、あるいは人が時間を使うときに、その周辺で何が起こるか」を分析・予測して新しい価値をつくる。飛行機での移動は、その中のサービスの一つになるわけですね。

このように、本業に従事する中で培った経験の産物が、新しいビジネスに発展するケースが増えています。そして、それがまさに最終的なトランスフォーメーションだと思います。

フィールドが広ければ広いほど、落ちているチャンスはいろいろあります。ですから、なるべく視野を広げること、そしてコストを減らすよりも生産性を上げることに集中すると良い結果につながるのではないでしょうか。

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