2024.01.11
大田区発!全国に広がる町工場の伝統「仲間まわし」をデジタル化
古くから“ものづくりのまち”として知られる東京都大田区には、機械金属加工や精密加工など約4000社の町工場が集まっている。だが近年、後継者不足や不景気などで工場は減少傾向にある。そこで課題解決のため町工場の若手経営者らが中心となって立ち上げたのが「I-OTA(アイオータ)合同会社」だ。大田区では町工場同士が連携して仕事を仕上げる「仲間まわし」という伝統文化があり、「仲間まわし」をデジタル化して新たな形で活用するプロジェクト型共同事業体(コンソーシアム)として2018年にI-OTA合同会社を設立した。デジタルツールを利用して地域の特色を打ち出したビジネススタイルは今後の中小企業にとって大きなヒントとなるのか?設立メンバーの1人である西村 修 氏に話を聞いた。
西村 修 氏(にしむら おさむ)
プロフィール
- I-OTA合同会社 業務執行社員
- 株式会社エース 代表取締役
1971年生まれ。専門学校卒業後、1993年4月 城東三菱ふそう自動車販売株式会社入社(現・三菱ふそうトラック・バス)。2001年4月 株式会社エース入社、2007年8月 同社代表取締役就任。2014年6月 下町ボブスレーネットワークプロジェクト副委員長就任、2018年6月 I-OTA合同会社設立(業務執行社員)、2019年1月 株式会社TOUCH代表取締役就任。
待ち工場から“自らつかみに行く”町工場への変革
―― 「仲間まわし」とはどういったものなのでしょうか?
東京都大田区には製造業の事業所数が4000社ほどありますが、そのうち約8割が従業員10名以下という家族経営の零細企業ばかりです。直接大手メーカーと取り引きしている会社はわずかで、ほとんどは孫受け・ひ孫受け。
いずれも小さな工場ばかりなので大きな機械を何台も導入できず、工場ごとに専門分野に特化しているのが特長です。穴をあける工程だけでも熱加工専門・アルミ加工専門・丸いもの専門など細分化しています。しかし、工場が1つの技術に専業化することで技術力は向上しますが、限られた取引先の仕事だけに依存すると不況の波が来る度に”待ち”の姿勢だと行き詰まってしまいます。 昔は自社にない技術を持っている工場と分業で仕事を行う形態を「仲間まわし」と呼ばれていましたがリーマンショック以降、自社だけでは納品条件が厳しい案件でも積極的に仕事を受注して、複数の企業同士で助け合うスタイルのことも「仲間まわし」と言われるようになりました。仕事を呼び込むカギは“仲間まわし”による営業窓口
―― 「I-OTA合同会社(以下、I-OTA)」を立ち上げられた経緯について教えてください。
家族経営の工場も多いことから、後継者不足や長引く不況などで町工場は衰退傾向にありました。2017年頃、大田区から町工場を存続・発展させるためにインターネットやデジタルツールを活用できないかと、町工場の3社にヒアリングが行われました。その1社が私たち株式会社エースでした。
いまだに電話・FAXで受注のやり取りをしている業界で、社長自らが機械を動かして、経理もやっているような町工場にパソコンがあっても見ている時間などありません。情報を受け取ってもタイムリーに対応するのは難しい問題です。 そこで「仲間まわし」を活用した方法はないかと考えたところ「営業窓口」となる存在が必要だと思いました。町工場が求めているのは情報ではなく“仕事”であること。大田区のみならず、どこの町工場でも営業にまで人員・労力はなかなか割けませんので、仕事を呼び込む営業の役割を果たす窓口を作ろうと考えました。 「仲間まわし」のメリットは下記の2つを繋げることです。- 必要な技術を持った工場探しとワンストップで完成までを求めている「メーカー・企業」
- 繋がりのある仲間でそれぞれ得意なものを分業して1つのものを形にする「仲間まわし」
この両者を繋げるソリューションを提供できる場「株式会社 大田区」のような存在が必要だと結論を出しました。大田区からヒアリングを受けていた3社の代表者で「I-OTA」を立ち上げました。始まりは3人でしたが、徐々に仲間の工場に声をかけてI-OTAに参画してもらい現在、運営メンバー13人・参画企業85社となりました。
今回、「仲間まわし」の仕組みにインターネットやデジタル技術を組み合わせることで、効率化も図れて付加価値を生み出せるのではないかと思いました。これまで図面をFAXで送って図面が滲んでしまうこともよくありました。昔はそのたび図面を取りに行っていましたが、広く仕事を求めるには、デジタル技術を導入することが必要でした。メーカーと製造業者の架け橋となるプラットフォーム
―― I-OTAはどのような活動を行っているのでしょうか?
I-OTAのサイトでも相談窓口を設けていますが、2022年9月からものづくりの相談をしたい相談者と、ものづくりの依頼を受けたい製造業が出会える受発注マッチングプラットフォーム「プラッとものづくり」でも受付を行っています。「プラッとものづくり」は株式会社テクノアが提供するクラウドサービスです。
I-OTA・大田区・(公財)大田区産業振興協会・株式会社テクノアの4者が「プラッとものづくり」を活用して推進している「デジタル受発注プラットフォーム」の取り組みは「日本DX大賞2023」BX(※)部門で優秀賞を受賞しました。 ※ BX=ビジネストランスフォーメーションの略。既存のビジネスモデルを見直す、または新たなビジネスモデルを1から創り上げていくこと まず企業からものづくりの相談を受けると以下のような対応を行っています。① ヒアリング
相談者である企業から製作内容について話を聞きます。この時、図面の有無やアイデア段階の話なのかなど、必要な情報を得ます。
I-OTA内で情報を精査して登録工場にインターネット上のプラットフォームから公募。町工場とはメッセージや図面など情報共有も可能。 ③ プロジェクトチーム立ち上げ
決定した町工場を集めプロジェクトチームを結成。各町工場は、設計開発・製造・各種検査・実証実験など各工程で専門技術を活かします。 仕事の受注に際して、他の工場と協業しながら受注できるのであれば、工場同士での受発注も可能としています。最初は運営メンバーが牽引していきますが、工場同士が横の繋がりを活かして積極的に仕事を取りに行くことは、モチベーション向上にも繋がります。実際、私もI-OTAを通じて付き合いのなかった工場を知ることができ、仲間の輪が広がっているのを感じています。 現在は運営メンバーのほかに「ハブ企業」という、協力関係がある製造企業や設計企業との連携や仕事のやりとりを行い案件解決まで中心的な立場を担う企業も増えています。
―― 代理店やエージェントとの違いはどこにありますか?
エージェントとの違いは、ヒアリングする段階から専門知識に長けている運営メンバーが担当することです。メンバーは数十年の経験があるプロの技術屋ですから、予算やスケジュールなど具体的なところまで相談が受けられます。ヒアリングを受けながら、どのような技術を持った工場がいいのか、先方の要求を実現させるには別の提案があるのではないかなど、プロとして話をお聞きしています。見積もりや提案では付加価値の高い情報を提供していますから、依頼された企業からはこの時点で相談や助言の対価として費用をいただいています。
依頼案件に対して「この仕事をこの金額でできる人はいますか?」と丸投げするわけではありません。技術者の知見で案件を整理して各工場に情報を提示しています。また、私の会社でも出来そうな検討案件もありますが、自ら手を挙げることはしません。それをやってしまうと信頼を失いますし、共同受注としての規律が保てなくなるからです。 そして案件内容を整理してプロジェクトチーム結成まで行いますが、仕事を受注した工場から金額を徴収することも売上から仲介料や手数料をいただくことはありません。基本的に運営メンバーは無報酬のボランティアです。I-OTAで広がる“新たな仲間と見えない財産”
―― 運営メンバーのモチベーションは何なのでしょうか?
I-OTAの目的はあくまでも地域貢献と業界の維持発展です。町工場1社では一貫した製品づくりは出来ません。これからは町工場同士が協力していかないと仕事は増えません。I-OTAはデジタル受発注というツールを使ってみんなで仕事を増やしていくことを大事にしています。
以前、私が参加した「ものづくりプロジェクト」の経験が役立っています。プロジェクトには約60社が参加して、私は必要な加工を把握し、どの企業に何を頼むのか、舵を取る役割でした。この時もボランティアでの参加でしたが、1社1社に足を運び、各企業の得意分野を確認。得意とする加工を担当してくれないかと掛け合いました。この時に多くの企業と信頼関係を築けたことが、I-OTAへの賛同に繋がっていると思います。 I-OTAを通じて、新しい仲間との出会いや人脈も広がりました。また自分の会社では声がかからなかったメーカーの方と接点が増えたことで、製造業に求められている潮流も見えてきました。直接的な収益ではない“見えない財産”がモチベーションを高めているのだと思います。全国に広がれ“仲間まわし”の輪
―― 今後、I-OTAはどのように展開していくのでしょうか?
“ものづくりのまち大田区”としてのブランド力を押し出していくのと同時に、全国にある町工場と連携しながら技術力を高めて仕事を増やしていくことが必要だと思っています。インターネットを利用すれば地方でも協業できる時代です。まずは私たちのグループに入ってもらって「仲間まわし」がどのようなものか体験した上で、自分たちの地域でも同じようなことをやってもらえば良いと思っています。
以前、地方で開催された製造業の集まりに呼ばれた時に、会社同士の仲は良いのに同じ業種同士で仕事を出し合ったことがないと言われました。私たちの「仲間まわし」文化はちょっと特殊なのか、デジタル技術だけではない“地域性”も重要なのかもしれません。「中小企業同士、がんばっていこう」という仲間同士の絆と信頼がベースにあって、デジタル技術は後押ししてくれる補助役です。 先述の「プラッとものづくり」は、全国各地にI-OTAのようなグループがたくさん増えるようにと協力しました。大田区以外の地方から私たちに相談があっても物理的に対応が難しいです。地方にもI-OTAのようなグループが増えれば、企業も仕事を依頼しやすくなりますし、全国の町工場に仕事が増えるきっかけになります。今後、町工場同士が連携するグループが全国に広がってくれるのが目標です。- 「記事・コラム」ページを最後まで読んでいただきありがとうございました。
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